このコラムは池上のまちで参考にしたいと思った各地で活動している方から寄稿していただいたものです。
羽賀浩規さんは「気持ちの良さ」を教えてくれました。
いいポスターだな。早速購入してお寺の玄関先に貼ってみる。このポスター横に並べて貼ってゆくと無限に繋がってくらしいが、そもそもお寺には貼り続けるための一面の壁がない。サッシに帯戸や襖などの建て具で仕切られてはいる。外せば外も中もなくなり、大広間になり、填めれば小さな部屋がいくつもできる。その時その時に応じて変化できる。
生まれてから寸分も止むことなく変化し続ける私たち、それを成長と呼び、それもいつの間にか老化と呼ばなければならなくなる。しかしどこまでいっても自分史上いつも今が1番若いのである。「若い」には活き活きしているという輝きと成熟しきっていないという意味がある。あの時が1番輝いてたなと過去を振り返るようなことがあれば若さはそこに置いてきてしまったのかもしれない。
本当の若さを保つためには常に変化しながら、まだまだこれから!と今を楽しむことであろう。
髪を剃っていて剥き出しの頭には帽子が必要不可欠。短パンTシャツそしてワラーチと言われる自作のサンダルでどこに居ても毎日ランニングするのが日課である。ランニングにゆるす時間は大体1時間ほど。距離にして10km前後。とにかくこのコロナウイルスで自粛生活であっても三密を避けて楽しく続けることができた。
お寺では朝一番に感謝と祈りのお勤めを行う。姿勢を正して経本を目の高さまで上げて腹から声を出してお経を読む。腹から出す大きな声で心身ともに目覚めるのだ。元気があるから声が出るのではなく、声を出すから元気が出るのだ。
そして坐禅。やはり姿勢を正して、下っ腹に意識を置きながら「気持ちいい」と念じながら、いつもより静かに長くゆったりと息を吐き出す。すべて吐き出したら「気持ちいい」と念じながら身体の隅々まで行き渡るように息を吸う。何か気になる事が思い浮かんでも風が吹きすぎるように受け流して続けていくと一呼吸ごとに自分が新しくなっていくように感じられる。出張して坐禅会を行っているが、先ずは体操して身体を動かしながら深い呼吸を馴染ませていき、そして静かに坐って今を味わう。
動が静を際立たせ、静が動を際立たせる。お互いがお互いを深める。わたしの場合は走ることと坐ることが生活の中でとても良いバランスを作ってくれている。stay young!
