このコラムは池上のまちで参考にしたいと思った各地で活動している方から寄稿していただいたものです。
22年前、高校3年生だった僕は、大きなカルトンを抱え予備校に通い詰め、日々、デッサンに明け暮れていた。芸美大受験は一部の人しか経験する事のない小さな世界だが、難関大学を目指して研鑽の日々を過ごしたことのある者だけが共有できる特殊な時間がそこにはある。今、思い出してみても胸がギュッと締め付けられる青春の1ページだ。結局、僕はその年、現役での合格は叶わず、翌年一浪で無事に第一志望である京都市立芸術大学に合格した。経験者として言わせてもらう、『芸美大受験は面白い』。日本において受験というシステムが抱える諸々の問題はあるにせよ、“絵を描く”という人間の根源的な行為をめぐる若者の群像劇が面白くないわけがない。その面白さを漫画にしたのが、『ブルーピリオド』(山口つばさ/講談社「月刊アフターヌーン」)という漫画だ。東京藝術大学を目指す高校生達を通してアートを真っ向から描く意欲作だ。主人公である1人の男子高校生が全くの未経験から芸美大受験を決意し、絵を描くことを通して成長していく物語…、と言えばありきたりに聞こえるが、まさにこの漫画で描かれている「絵を描くことによって世界の見え方が変わる」「物を見る目(視点)を獲得する」ということ、これこそが僕のアーティストとしての基礎を成していると言い切れる。絵が上手くなることに主眼を置きがちなデッサン(素描)だが、絵が上手くなることは副産物のようなものだ。本当に身につけるべきは“目を持つこと”。今、自分の目の前にある物や事を捉える目を獲得し、その目を持って実践的に活用することが大切なのだ。これはアーティストだけの力ではない。この困難な時代だからこそ、物の本質を見極める力が必要とされるだろう。是非、この漫画を読んで欲しい。そして、久しぶりに鉛筆を手に取ってみてはいかがだろうか?